保育園と私

私は小学生の娘を持つ父親です。職業は建築家。共働き家庭なので娘は保育園に通っていました。私が子どものときに弟は保育園に通っていましたが、私自身は幼稚園に通っていたので、保育園と幼稚園の違いって何?と、子どもながらに疑問に思うもそのままに、娘を保育園に入れるまで、その違いを認識しないまま過ごしていました。保育園のことなど何も知らなかったのに、娘が保育園に通うようになると何故か保育園を設計させていただく仕事をいただき、以後幾つかの保育園を手掛けさせていただきました。

 

今回は、子どもを保育園に通わせた親の目線と保育園を設計する設計者の目線から、保育園について3回に渡って文章を書かせて頂きます。

私の保育園

妻も働いていたので、娘が生まれると何も考えることなく、娘を保育園に通わせようと思っていました。妻が家庭に入って子どもを育てるべきだとか母親と一緒に過ごしたほうがいいとかは思わず、一人娘なのでむしろ積極的に保育園に入れて、早くから他人との関わりの中で育っていってほしいと考えていました。

娘を通わせて頂いた保育園は、戦後プールの更衣室を借りて母親たちが共同保育をしていたことを始まりとする、父母が作り上げた保育園でした。

それは現在も保育園を運営する法人の理事の多くがかつての父母であり、私も評議委員としてお手伝いさせていただいています。

子どもを真ん中に、保育士と父母と地域の人が対等な関係で子どもの発育を支える、素晴らしい保育園です。認可保育園に入ることがとても厳しい状況に置かれた方のことを思うと、そうした保育園に巡り会えたことは本当に恵まれたことで感謝の気持ちに耐えません。

保育園を選ぶにあたって、妻は近隣の保育園をいくつも見て回り、その報告を私は聞きましたが、園によって園の様子や子どもの様子などが千差万別であることに、私は驚きました。それはその後の父母の会の活動での、他園の父母の会との協議会の中でも、保育園によって保育方針が異なりずいぶんと違いがあることを感じました。保育園も公立の小学校のように大体一様なのかと思っていた私にとっては、大きな驚きでした。

また父母の会の活動の延長で、全国保育団体合同研究集会に参加させていただき、父母の会の活動の分科会に出た時には、父母の会の活動も、自分たちで園庭に竪穴式住居をつくってしまう父母の会や、新園舎を建設する資金を稼ぐために、地元企業と協力して酢だこを開発し販売している父母の会など、多種多様な活動があり、更なる驚きを覚えました。

父母の会の活動

娘が通った保育園は、父母がつくった保育園であり、父母と保育士は対等な関係であることから、保育園の行事は事前の打ち合わせ会議から当日の準備、片づけまで父母はお手伝いします。園の大掃除や箱椅子のペンキ塗りなどメンテナンスも園と父母が協力して行なっていました。

 かなり頻繁に保育園に駆り出されるので、共働きで忙しいから子どもを保育園に預けているのに、さらに園のお手伝いをさせられるのはとても負担が大きいなと、思う時もありましたが、子どもたちのために親たちが力を合わせて活動することで、強い連帯感が生まれ、親同士の親密なつながりができたことは、私にとって大きな財産となりました。

いろいろな園のイベントの終わりにはご苦労さん会があり、そこでクラスのパパ・ママだけでなく、他の学年の方々ともビールを酌み交わし、語り合い交流を深め、地域をかたちづくるコミュニティのひとつに属することで、安心して子育てをできたのだと思っています。働きながら子育てをし、同じような悩みを共有しながら頑張っている父母のつながりは、なにか戦友のような強いつながりをもたらしてくれました。そのつながりは保育園を娘が卒園した今日でも続いています。

それまでは建築のことばかり考えて生活していましたが、子どもが生まれ保育園に関わることで、今まで経験したことのない貴重な関係を築けたことを幸せに思っています。

保育園を通して

保育園に娘はすくすくと育ててもらいましたが、それ以上に親である私を育ててもらったと思っています。子どもに対して悩むことを保育士さんにアドバイスしてもらうだけでなく、懇談会で他のパパ・ママも同じような悩みを持っていることを知って共感安心し、さらに学習会などによって保育情勢を巡る状況や制度のことなども勉強させてもらいました。子どもを持たなければ気づかなかった多くのことを娘によって教えてもらったと感謝しています。子どもたちの保育園の日常の立ち振る舞いは、私が保育園を設計する上で、多くの気づきをもたらしてくれました。

保育園を通して経験したことは、設計者としても大きな資産として私の血肉になっています。それは保育園を設計する上ではもとより、他の建物を考えるときにも共通の視点を私に与えてくれていると思います。

そして何より私が保育園において注目していることは、地域コミュニティの核に保育園がなり得ることだと思っています。保育士と父母と地域とが子どもの発育を支えるために保育園を通して協力している姿は、地域コミュニティの活動そのものにほかならないと私は思っています。

保育園を整備することは、まちづくりであり、持続する地域をつくることです。保育園を出た子どもたちが大人になって、その街にもどりそこでまた子育てをするような街や保育園をつくることがこれからの社会を考える上で大切なのだと私は思っています。

さて良い保育園とは何でしょう?

園舎が素敵なこと、素晴らしい保育をしていること。それも大切な要素の一つです。

私は、そこに通う子どもたちや父母がその保育園のことを誇りを持って「私の保育園」と思えることではないかと思っています。子どもたちのアイデンティティにとって、とても大切な拠り所であること。そこに戻れば自分の居場所がきちんとある所。そんな場所づくりの一旦を保育園が担うことができれば、良いのだと私は考えています。

娘が通った保育園を「私の保育園」と強い親近感を持って呼べることを私は誇らしく思います。そうした保育園がたくさんの街にできることを親としても設計者としても願ってやみません。