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75号(2000年1月)から

スクラップ「待機児童問題」

1997年には、全国の待機児童数が4万人を超える事態になっていました。

2000年の75号に掲載したスクラップ記事では、定員超え受け入れの規制緩和を実施したことで、3万2000人まで減ったと書いてあります。今よりもずっと数は多いのは、この当時、待機児童数のカウント方法が今とは違っていたから。認証保育所もなかったし、入れなかった子どもの数からいろいろ差し引くことが行われていなかったためです。このころから、認可保育園を着実にふやしておくべきだったよね。

75号(2002年9月)から

会員アンケート「職場に言いたいこと」

傑作コメントをまとめました。

100号(2004年3月)から

スクラップ「公立保育園の民営化」

公立保育園の民営化が徐々にふえてきて、保育園を考える親の会でも、信頼していた保育園を失う保護者の怒りや悲しみが寄せられるようになりました。

保育園を考える親の会は、勉強会を開き、保護者の声を集めて「民間委託・民営化に求められる最低条件10か条」をまとめて2004年1月7日に発表。「保育力充実度チェック」2003年度版にも、自治体の民営化の動向を調査した結果とともに掲載しました。(スクラップは、2004年1月18日の紙面)

民営化の増加には、2004年度から公立保育園の運営費が一般財源化されことも大きな影響を及ぼしています。

財政が脆弱な地方自治体では、公立保育園の保育士の非正規化も進んでいます。

現在、公立保育所の役割についての議論が必要になっています。

104号(2004年11月)から

会員アンケート「父親の家事・育児分担」

15年前の状況になります。さて、お父さんの分担、今はもっと進んでいるでしょうか?

108号(2005年5月)から

会員アンケート「父母会等について」

当時、認可保育園には父母会等がある園が多数派でした。この集計結果で見ても、全体で約7割に父母会等があるという結果になっています。

今は、父母会等がない園のほうが多くなっているのではないでしょうか。

<記事から>

実態として73%の人が父母会等があると答えています。また感想としては「必要」「あったほうがいい」の合計が87%となり、必要性を感じている人が大半でした。父母会等のメリットとしては、

  • 問題が起こったときなど、いざというときに必要。
  • 保護者の意見をまとめて園に伝える存在(1対1よりも意見が言いやすい。個人の意見では弱い)
  • 親が園と協力していくために必要。親が園運営に当事者意識をもてる。
  • 親同士のつながりは必要(人間関係が広がる、子どもの情報を伝え合うことが必要、問題意識や悩みを交換できる)

などが挙げられています。

112号(2006年3月)から

スクラップ「幼保統合(総合施設構想について)」

2006年は、認定こども園制度が開始された年です。2005年度から「総合施設のモデル事業」が開始されており、2月6日付のこの記事で私は、保育所と幼稚園が完全統合されてしまうと、保育所の「生活の場」としての機能が保障されなくなってしまうのではないか、という不安を述べています。この次の号では、認定こども園(総合施設)の法案についての意見を緊急募集し、7月13日には、パブリックコメントを提出しました。

[2006年7月13日提出 パブリックコメントの要旨]

  1. 最低基準を切り下げない。幼稚園型の3歳未満児保育にも国の基準と補助を。
  2. 認定こども園は直接契約になるが、よい保育をするための運営費が確保されなければならない。保育を必要とする家庭の保育料や入園のしくみは保育所のようなシステムであるべき。
  3. 直接契約になると、入園者の決定で逆選択が起こり、不利な家庭が排除される恐れがある。事業の公共性を明らかにし、児童福祉を担う責任を明確にすべき。
  4. 生活の場としての機能が保たれるか。一日の流れの中で生活のリズムをつくり、生活習慣まで目配りしている保育所保育のメリットを失わないようにしてほしい。午後の保育を付け足し的な「お残り」「お預かり」保育にしてしまわないように。

*ちなみに2015年から実施された子ども・子育て支援新制度の幼保連携型認定こども園は、上記の①〜③の要望に応えた制度になっています。

116号(2006年11月)から

認定こども園制度の創設で意見交換やら発信に忙しかった最中に、今度は国から「放課後子どもプラン」という国版の全児童対策事業のようなものが打ち出されました。このとき、私自身が書いた「おたより」がこちらでした。

おたより「放課後の子どもと家庭責任」

「認定こども園や放課後子どもプランのような施策が広がるとき、「親の就労の有無で子どもを区別しない」ということが正論らしく語られることがあります。そのこと自体は悪いとは思いませんが、全児童放課後対策事業を行なっている自治体の責任者が、「『放課後対策事業で子どもを(精神面まで)見守れ』と保護者は言うが、そのような見守りは親の責任ではないのか」と発言したりするのを聞くと、「おや?」と首を傾げてしまいます。

(略)もちろん、放課後の「心の見守り」を必要としているのは、就労家庭の子どもだけではありません。今、小学生の親全般が子どもの心や体の状態について不注意になっているというなら、それについて別途議論する必要があるでしょう。また、小学生を保育園児のように「保育」し続けることが正しいかどうかにも議論があります。

でも、私たち就労家庭は、子ども自身がある程度自立できるまで、家庭に代わる場所と大人の目をどうしても必要としているのであり、それは「子どもへの愛情」とか「家庭の責任」でなんとかなるようなものではないのです。

(略)前述の話に出てきた保護者は、それ(出欠管理や施設の安全性)だけでは足りないということを「子どもを見守ってほしい」という言葉で表現したのだと思います。つまり……うまく言えませんが、子どもの気持ちになって表現してみると、たとえば、心がすーすーするときに、背中におぶさったり抱きついたりして甘えられる、お友だちとケンカしたり意地悪されたときに話を聞いてくれる、心や体がきつくなっているときに気がついて親に知らせてくれる、そんな大人から見守られているという安心がほしいということではないでしょうか。

そんなことがすべての学童保育で実現できていたとは言えないし、全児童放課後対策事業の中ではできないとは言えませんが、私が危惧するのは、本来、学童保育ではこういう保育的な「見守り」も仕事の内だったということがきれいさっぱり忘れさられてしまうことです。(抜粋)」

134号(2009年11月)から

「『保育所にかかわる国基準の堅持・向上を求める緊急アピール』と連絡会の賛同集め」

ちょうど10年前のことです。

規制緩和が重ねられてきて、ついに「保育所の国基準を廃止せよ」という地方分権改革推進委員会の勧告が出るまでになってしまいました。「ここが正念場」と認識した保育園を考える親の会は、「保育所にかかわる国基準の堅持・向上を求める緊急アピール」を発表し、これに賛同する連絡会が立ち上がって賛同署名集めをしました。

この賛同署名は、最終的に個人賛同が6,500名、団体賛同が約500件に上りました。

このような大反対を受けたことが功を奏したかどうか、保育室の面積基準や保育士の配置基準など、子どもの人権にかかわる基準については、国の基準に従い、他の基準は国の基準を参考にして、自治体が条例で定めるという形に落ち着きました。

149号(2012年5月)から

イベントレポート「こども園ってなんだろう」

民主党政権下で検討された子ども・子育て新システムがついに法案になり、国会で検討されていました。

ワーキングチームには代表やスタッフが委員として参加していましたが、制度への不安は大きく、保育園を考える親の会は2012年5月12日、内閣府・厚生労働省の担当者をゲストに招いて、勉強会を開催しました。講師は、内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室参事官の藤原氏、厚生労働省児童家庭局保育課企画調整係長の田上氏のお二人。「つうしん」のレポートでは、「最後の最後まで切れ目ない質疑応答が行われ、熱気に満ちた勉強会になりました」と報告されています。

この法案の検討中に再び政権交代が起こり、内容の変更が加えられて、「子ども・子育て新制度」(現行制度)となりました。

*この間、制度の改変が多くて、最後は制度の話が多くなってしまいましたが、こうして振り返ってみて、保育園に子どもを通わせる親たちの気持ちは、大きくは変わっていないと実感しました。

→「つうしん」は見た!(1980~1990年代)(30年間の軌跡)