「幼児教育の無償化」の見直しを求める意見表明

[緊急の意見表明]

待機児童対策を滞らせるような「幼児教育の無償化」は、

すべての子どもの育ちを支えるという

本来のねらいとは逆の効果をもたらす恐れがあります。

まずは、保育の量と質の確保を着実に行うことを求めます。

 

[1]待機児童ゼロはさらに遠い目標に

2013年からの「待機児童解消加速化プラン」は目標の受け入れ枠を確保したにもかかわらず、待機児童ゼロを達成できませんでした。この間、2015年の子ども・子育て支援新制度のアナウンスが保育ニーズを大きく増加させています。そして、今回の「無償化」のアナウンスは、さらに多くの保育ニーズを呼び起こすことになります。今このときに、急激なニーズ増を助長することは、切実に保育園を必要としている家庭を、さらに窮地に陥れる懸念があります。(注1)

多くの自治体が、積極的な待機児童対策を講じながらも急激なニーズ増にあえいでいます。その現状をさらに悪化させるような政策を、今、実施することについては十分に慎重であるべきです(注2)

すでに多くの人々が訴えているように、まずは待機児童対策に注力すべきと考えます。

 [2]運営費(公定価格)の切り下げは待機児童対策を滞らせ、保育の質を低下させます

「幼児教育の無償化」の財源確保に関連して、保育所等の認可の保育施設の運営費(公定価格)を切り下げる検討が行われていますが、これは保育士の待遇改善を妨げ、保育所等の施設整備の余力を奪い、待機児童対策を滞らせるものにほかなりません。(注3)

保育士不足のために定員どおりの園児募集ができない保育施設も現れており、保育士の待遇改善問題は瀬戸際にきています。保育士人材の枯渇は、保育の質にも深刻な影響を与えています。

[3]「幼児教育の無償化」の政策的効果はマイナス

1962年にアメリカの貧困地域で始められたペリー・プリスクールの社会実験を分析した経済学者ヘックマン教授は、幼児教育への投資は、国家にとって最も費用対効果の大きい教育投資であると述べました(注4)。しかし、現在の日本でのこのような「無償化」は、本来のねらいとは逆の効果をもつ恐れがあります。

「幼児教育の無償化」の本来のねらいは、貧困など不利な立場にいる子どもが質の高い幼児教育を受けられるようにすることで、子どもにとっての機会の平等を実現できる点、「国益」の観点からは、次世代の健やかな成長を促し、将来の税収を増加させ、福祉や治安のためのコストを低減できる点にあるとされています。

実は、その機能は、すでに現行の認可保育所等の保育料が応能負担(所得に応じた負担)となっていることで、制度的には実現しています。しかし、認可保育所等の数が足りないために、不利な立場にいる子どもがその利益を受けられていません。つまり、「幼児教育の無償化」の観点から今いちばん求められているのは、認可保育所等の保育を必要とするすべての子どもに行き渡らせること、つまり待機児童対策であるはずです。

さらに、すでに幼児の就園率が高い(5歳児で96%)日本では、3歳以上児を中心とした無償化策の効果はほとんど期待できません。ここに財源を傾け、切実に求められている0−2歳の保育の量・質の確保が遅れるようなことは避けなくてはなりません。無償化により、中高所得層はその余剰分を教育への支出に回すため、教育支出の格差を広げる可能性も指摘されています。(注5)

[4]質を確保しない無償化は子どもを苦しめる

前述の子どもの機会の平等や、将来の「国益」を実現できるのは、「質の高い幼児教育」であり、「質の低い幼児教育」は逆効果をもたらす恐れがあります。特に、子どもが長い時間を過ごす保育園の人的・物的環境は、子どもの成長発達を左右するものです(注6)。保育士の人材確保も含めた質の改善は、今すぐ実施する必要があります。

認可外保育施設も「無償化」の対象にするという方向性が示されていますが、そうなるのであれば、対象施設には基準の厳守を求め、保育料収入の使途も含めた運営への指導監督を徹底するなど、質の確保策とセットにする必要があります(基準は最低でも小規模保育の基準相当とし、できるかぎり子どもが不適切な環境に誘導されることのないように配慮すべきです)。なお現在、認可外保育施設の認可化が進んでおり、質の向上が期待されていますが、「無償化」が認可化に水をさす懸念もあります。(注7)

 

[結論]子どものために大きな財源が確保されたことは素晴らしいことです。

 しかし、それはまず保育の量と質の確保に投入していただきたいと思います。

(注8)

<親たちの声から>

みんなが保育園に入れるようになるためなら、払えるお金は払いたい。

保育の質が下がる「無償化」では、安心して働けない。


 

[資料・データ]

注1 「子ども・子育て支援新制度」のアナウンスによる利用率の急増

厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成 29 年4月1日)」より。★は追記。

 

注2 急激なニーズ増のために、待機児童対策に努力している自治体でも入園事情が改善しない実態

 

入園決定率とは、認可の保育所等に新規入園申請した児童のうち入園できた児童の割合。定員拡大率とは、待機児童対策により認可保育所等の定員が拡大した割合。■は首都圏の主要市区および政令市であり、それぞれの入園決定率・定員拡大率を表している。

保育園を考える親の会「100都市保育力充実度チェック」2011-2017年度版の数値から作成。

 

注3 保育士が離職する理由(潜在保育士は70万人以上)

 

注4 質の高い幼児教育の効果を40歳まで追跡調査したペリー・プリスクールの社会実験

・プログラムに従事した教師(保育者)は、公立学校の職員を上回る待遇を受けていた。

・3・4歳児5〜6人に対して1人の教師が配置されていた。

・週1回の家庭訪問による子育て支援が行われていた。

 

“The High/Scope Perry Preschool Study Through Age 40   Summary, Conclusions, and Frequently Asked Questions”より

 

注5 経済学者から「幼児教育無償化」への異論

赤林英夫氏(慶應義塾大学経済学部教授)

「日本で4−5歳の幼児教育を無償化することは、保護者が自発的に行ってきた私的支出を税金で肩代わりするとことに過ぎない。つまり、幼児教育無償化のための公的支出は社会にとっては追加的投資をもたらさず、その結果、社会のリターンはゼロに近い。」

(SYNODOS「幼児教育の無償化はマジックか?――日本の現状から出発した緻密な議論を」)https://synodos.jp/education/19911

山口慎太郎氏(東京大学大学院経済学研究科准教授・労働経済学)

「この研究(*)での最も重要な発見は、社会経済的に恵まれていない家庭の子供の多動性・攻撃性が、保育所に通うことで大きく減少している点だ(図参照)。」

「現在の制度では、保育所の利用料金は世帯収入に応じて低減措置がとられているものの、ひとり親家庭や生活保護世帯を除くと、世帯収入は利用調整の点数にほとんど影響しない。恵まれない家庭といえども、必ずしも保育所利用が優先されているわけではないのだ。これは待機児童が多い地域では特に深刻となりうる。子供の発達への好影響を踏まえると、恵まれない家庭が保育所を利用できるように十分に供給するとともに、優遇措置の拡大を検討すべきである」

(2017年6月22日・日本経済新聞「経済教室 待機児童解消できるか(下)恵まれない家庭 重点支援 」

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO17926000R20C17A6KE8000/

https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2932875

 

注6 「健康格差」の解消にも「保育の質」が問われる

イチロー・カワチ氏(ハーバード大学大学院・公衆衛生学)

「(日本では所得格差、非正規雇用の増加、子どもの貧困などの問題からくる「健康格差」が広がり、貧困層だけではなく社会全体にネガティブな影響を与えるようになるという予測に続けて)「健康格差」は、自己責任論では解決できません。一見、個人の責任に見える生活習慣、たとえば食生活や運動といったものは、実はさまざまな社会的な決定要因や環境の影響などが入り混じって醸成されることが、公衆衛生学的に十分証明されています。」

「私の考えでは、すでに幼稚園に入学する前から、貧困世帯と富裕世帯では、顕著な格差が生じています。幼少期の生活習慣は人生を左右します。ですので、小学校に入学する時期には、すでに格差ができてしまっています。」

「早期教育(引用者注:「知育」ではない)は、自己を統制できるセルフレギュレーションに強く関連しています。自己統制は、体力や健康にも強い影響を与えます。なぜかというと、自己統制力は、健康に悪い生活習慣やタバコなどの有害物質の摂取を避ける、規則正しい食生活をする、といった行動に、すべてつながっているからです。健康状態がよくなるだけではありません。」

ハフポスト日本版「日本が「長寿大国」と言えなくなる日。ハーバード大教授に聞く、深刻すぎる理由」

http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/01/health-disparities-in-japan_a_23292489/?utm_hp_ref=jp-homepage

(引用者注)このためには、専門性を備えた保育士による質の高い保育が必要。望ましい生活環境の設定、子ども同士の育ち合いも活かした生活習慣づくり、子どもが自ら健康に関心をもつように促す教育(保育所保育指針には教育の5領域のねらいの1つとして「健康」がある)など。

 

注7 指導監督基準を満たさない認可外保育施設は多い

(↓指導監督基準は、認可保育施設の最低基準よりも低い。保育士資格者は3分の1以上)

 

(↓現在、認可外保育施設は認可に移行する傾向にあり、認可化による質の向上が期待できるが、無償化がそれを妨げる恐れもある)

 

厚生労働省「平成27 年度 認可外保育施設の現況取りまとめ」より

 

注8 「幼児教育無償化」に関する人々の意見

○「#子育て政策おかしくないですか」28,000人分の署名が片山さつき議員に提出された。

○同ハッシュタグでのTwitter上でのアンケートでは、無償化と待機児童対策のどちらを優先すべきかを尋ね、回答した約6,000人のうち77%が待機児童対策を選んだ。

○日本経済新聞世論調査「政府は3歳から5歳の認可保育所を所得に関係なく無償化する方針です。これについてあなたはどう考えますか。」

2017年11月26日・日本経済新聞「保育無償化「高所得者は負担を」57% 本社世論調査」より

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